インドのホームタウンに到着

13時間のバス移動を経てダラムサラからリシケシに。バスの中は相変わらずイスラエルの人達が一杯で、その中の1人がマクロードガンジを出て15分くらいのロウワーダラムサラで「友達が乗ってくる筈だけどどうやら場所を間違えている」と全然英語が話せない車掌さんに言っていた。その友達に電話した結果タクシーでやってくるという。別にその若いイスラエル娘の友達とやらを待つのは構わないけれど、私達が乗っているのはタクシーではなくバスで私達は友人でも同じグループなどではなくただの個人旅行者同士なのだから、バス停にいなければ普通置き去りにされる状況なのだから乗っている人達に「待たせてしまってごめんなさい」くらい言ってもよさそうなのに、となんとなく思ったけれど(ただでさえ13時間もかかるのに!)、イスラエル娘は何も気にせずに外でタバコを吸っていた。私にはないメンタリティだな、とちょっとうらやましく思う程だった。

日本の恐縮ばかりして他人に迷惑をかけないことが異様に大切な文化は、時に窮屈に感じるけれどこういう場面に居合わせると、恥を知り己を控える日本の文化は品があって美しいと感じる。バスと満員の乗客を15分待たせて乗ってきたイスラエル娘の友人も、もちろん一言の謝罪もなかった。

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リシケシ。みっちゃんによるとリシケシは「雨が降らなくなって3日目」だそうで、ようやく乾期が始まるいい季節だ。ここ3年程続けて滞在しているタポヴァンのゲストハウスにチェックインし、ダラムサラで増えていくばかりだった洗濯物をようやく洗う。旅行中、着た服をその日のうちに洗えないことがストレスになるタイプなので、常宿のバスルームで洗濯をしながら小さくカタルシスを感じる。

いつものようにラクシュマンジュラからラムジュラに向かって歩いていると乾いた空気にチャパティやドーサを焼く匂いとお香の香りが混ざった、私にとっての「リシケシの匂い」が漂っていて「あぁリシケシにいるんだ」とほっとする。ラクシュマンジュラは舗装され随分歩きやすくなったし、ジャーマンベーカリーの反対側の狭くて急な階段が倍の幅に広げられうんと通行しやすくなっていた。タポヴァンのファブインディアはハニーハットの左隣に移転し大きくなっていた。

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シヴァナンダアシュラムの前総長であり2008年にお亡くなりになったスワミ・チダナンダ先生の聖誕祭(百年歳)フェスティバルが開催されていて、今日24日が最終日だというので夕方のセレモニーの詳細を聞きにシヴァナンダアシュラムへ。

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沢山の人で賑わうサマディホールやバジャンホールに少し座りチダナンダ先生に瞑想をする。チダナンダ先生がマハサマディに入られた2008年の夏にリシケシにいた私は、お友達に誘ってもらってお葬式のセレモニーに参加する事が出来て、それが私にとって初めてのシヴァナンダアシュラム訪問だった。

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